Comedology(コメドロジー)|お笑いを学術的に解剖する

ドンデコルテ渡辺銀次の「200万回再生チャーハン」にみる、過酷な現実を生き抜くための「没頭力」

結果が出ない現実から目をそらすために始めたことが、気づけば自分を救う最大の武器になっている。そんな美しい逆転劇が、今のお笑い界で静かに熱い共感を呼んでいる。

お笑いコンビ・ドンデコルテのボケ、渡辺銀次。M-1グランプリ準優勝という華々しい経歴の一方で、「40歳独身、貧困層に属します」と自嘲する泥泥の生活をYouTubeチャンネル『それいけ益々荘』で発信。なかでも、彼がドン底時代に鉄鍋を振るって磨き上げた「究極の海老レタスチャーハン」の動画は200万回以上再生され、千鳥をはじめとする大物芸人たちをも唸らせた。

彼が暗闇の中で中華鍋を振り続けたあの時間に、心理学における「マインドフルネス(今ここに集中する力)」と、そこから生まれる「自己効力感」の知的な生存戦略を読み解く。

先輩から託された鉄鍋と、現実逃避から始まった「徹底的なこだわり」

渡辺銀次のチャーハン作りは、エンターテインメントとして華やかに始まったわけではない。「お笑いで結果が出ない現実から目をそらすため」という、切実な現実逃避が始まりだった。

その彼の相棒となったのが、一丁の年季の入った中華鍋(北京鍋)だ。実はこの鍋、かつてお世話になり、芸人を引退することになった先輩芸人から「形見分け」として譲り受けた大切なものだった。

夢半ばで舞台を去った先輩の魂が宿る鉄鍋。売れない芸人生活の傍らで、彼はその鍋の空焼きや油ならしを徹底的に重ね、お玉を炙って防錆コーティングをはぎ取ることからこだわりを始めた。チャーハンの味の決め手となる「ネギ油」は、市販のものを使わず自分でネギ・生姜・にんにく・とうがらしをじっくりと炒めて仕込む自家製だ。

卵とマヨネーズ、そして隠し味の砂糖を温かいご飯に先にあらかじめ混ぜ合わせてコーティングする(卵かけご飯の状態にする)という、緻密に計算されたロジック。

「売れない現実」という、自分ではコントロールできない大きな不条理に直面したとき、彼は先輩から託された鉄鍋を相棒に、「目の前の一皿のパラパラ具合」という、100%自分の手でコントロールできる小さな世界へと没頭していった。

この「徹底的な没頭」こそが、彼の心を破滅から守る防壁となっていたのだ。

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感想(243件)

心理学「マインドフルネス」:中華鍋のなかの『今、ここ』

心理学において、過度な不安やストレスから脳を解放するアプローチとして「マインドフルネス」がある。これは、過去の後悔や未来の不安に意識を向けるのではなく、「今、この瞬間の体験に、一切の評価を交えずに意識を集中する」状態を指す。

銀次が中華鍋に向き合っているとき、彼の脳内は完全にマインドフルな状態にあったと言える。

自家製ネギ油がパチパチとはじける音。鍋肌から回し入れた醤油と鶏油が焦げて立ち上る香ばしい匂い。レタスを投入してから水分が出ないように勝負する、わずか10〜20秒の刹那的な時間。

五感をフルに動員して強火の熱量と対話している間、「明日食っていけるだろうか」「いつになったら売れるのだろうか」という未来の不安は、脳内から完全に締め出される。

さらに、心理学者アルバート・バンデューラが提唱した「自己効力感(Self-efficacy:自分は物事を成し遂げられるという感覚)」の観点からも、彼のチャーハン作りは理にかなっている。人生が思い通りにいかない時期であっても、先輩から譲り受けた鉄鍋を相棒に、「完璧なパラパラの黄金チャーハンを自分の手で完成させた」という小さな成功体験の積み重ねが、折れそうな自己肯定感を底支えしていたのだ。

【再現】脳を今に集中させる「銀次流・黄金海老レタスチャーハン」

彼の動画から紐解く、感覚を研ぎ澄ませるための究極のレシピがこちらだ。ぜひ、五感を集中させて作ってみてほしい。

🛒 準備する材料(2人分)

🍳 調理工程(マインドフルに没頭するステップ)

  1. お米のコーティング(仕込み) 温かいご飯に卵2個、マヨネーズ小さじ2、砂糖2つまみを入れ、ダマがなくなるまで優しく「まじぇまじぇ(混ぜ合わせ)」ておく。この油分と卵の先手が、米粒をほぐし黄金色にする秘密だ。
  2. 2段階の卵を炒める よく熱した鍋に自家製ネギ油(大さじ1)を引き、残りの溶き卵(2個分)を投入。卵が半熟でプクプクと膨らんだすかさずのタイミングで、1の混ぜご飯を投入する。
  3. 強火の短期決戦 木べらで米を「切る・返す・広げる」を繰り返し、パラパラにほぐしていく。ご飯が踊り始めたら、水気を切ったえびを投入。火が通ったら中華調味料と長ねぎを入れる。
  4. レタスと鍋肌マジック 最後にちぎったレタスを投入。シャキシャキ感を残すため、炒めるのはわずか10〜20秒。 仕上げに、あらかじめ混ぜ合わせておいた「自家製ネギ油(小さじ2)+鶏油(小さじ2)+醤油(小さじ2)」を、一気に鍋肌から回しかける。ジュワッと弾ける音と香りをまとわせたら、完成だ。

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答えの出ない現実に疲れたあなたへ:まずは目の前の鍋を振ろう

渡辺銀次のチャーハン動画がなぜこれほど愛されるのか。それは、調理が終わった後に彼が必ず「コンロの周りをピカピカに拭き掃除している姿」にまで、その丁寧で濁りのない生き様が溢れているからだ。

売れない現実から目をそらすために、託された鍋をただがむしゃらに振り続けた時間が、結果として彼を「時の人」にし、大物芸人たちに「美味っ」と言わせる最高の伏線となった。

もしあなたが今、仕事やキャリアで行き詰まり、自分の力ではどうしようもない不条理に押しつぶされそうになっているなら。あるいは、答えの出ない未来の不安で頭がパンクしそうになっているなら。

一度、スマホを置いて、台所に立ってみてほしい。 ネギを刻み、じっくりと油に香りを移して自家製のネギ油を作る。あの鉄鍋のように、自分に何かを託してくれた人、支えてくれる人たちの想いをどこかで背負いながら、強火の音と香りに全神経を集中させる。

あなたが「今、ここ」の10分間に徹底的に没頭したとき、脳の嵐は静まり、目の前には完璧にコントロールされた、美しく黄金色に輝く一皿が残る。その小さなカタルシスこそが、明日をもう一度しなやかに生き抜くための、最も美味しく、最もあたたかい心の特効薬になるのだから。

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