平成お笑い構造改革:【第3回】調和と役割の美学:ひな壇芸人と「組織マネジメント論」

お笑い分析
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平成のテレビ画面を決定づけた風景がある。それは、司会者(MC)を頂点として、階段状の椅子に何人もの芸人が居並ぶ、いわゆる「ひな壇」のシステムだ。

前回考察した『M-1グランプリ』が、個の戦闘力とイノベーションを競う「純粋な自由競争市場」だったとするならば、バラエティ番組の『ひな壇』は、全く異なるルールで動く「高度に組織化された協働システム」である。

『アメトーーク!』や『ロンドンハーツ』に代表されるこの構造は、なぜ平成の中期から後期にかけて日本のテレビを完全に支配したのだろうか。

そこには、奇しくも日本の伝統的企業(JTC:Japanese Traditional Company)が長年培ってきた、「日本型雇用システム」と「チームマネジメント」の極致が存在していた。今回は、ひな壇という名の「完璧な組織」を、経営学の視点からクールに読み解いていく。

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司会者という名の「絶対的CEO」と、権限移譲の妙

ひな壇システムにおけるMC(明石家さんま氏、ダウンタウン、くりぃむしちゅー上田晋也氏など)は、企業の経営トップ、つまりCEO(最高経営責任者)そのものである。

しかし、彼らのマネジメントスタイルは、昭和のワンマン社長とは一線を画す。平成のMCたちに求められたのは、自らが点数を稼ぐことではなく、ひな壇のメンバーに適切にパスを配分し、組織全体のパフォーマンス(番組の総高視聴率)を最大化する「サーバント・リーダーシップ(奉仕型リーダーシップ)」であった。

役割企業組織における位置づけひな壇における実際の機能
MC(司会者)CEO(最高経営責任者)会議のファシリテーション、最終決定、リスクヘッジ(スベった際の回収)
中堅芸人(ひな壇前列)COO(最高執行責任者) / 部長職全体の空気読み、新規参入者(若手)へのパス出し、構造の維持
若手・ピン芸人(ひな壇後列)スペシャリスト / 新入社員機動力を活かした一撃、リスクを取った飛び道具的な提案

優れたMCは、ひな壇の芸人たちの特徴を事前に把握し、誰にどのタイミングで発言権(リソース)を割り振れば最大の投資対効果(ROI)が得られるかを瞬時に計算している。これは、現代の経営層に求められる「人的資本経営」のタレントマネジメントそのものである。

日本型雇用の縮図:「メンバーシップ型」の生存戦略

経営学において、雇用の流動性や役割の定義を語る際、「ジョブ型(職務定義型)」「メンバーシップ型(人基準型)」という概念が使われる。

欧米に多いジョブ型は「この仕事をこなすために、この人を雇う」という思想だが、日本のJTCに深く根付いているのはメンバーシップ型、すなわち「まず組織の一員(メンバー)として受け入れ、その時々の状況に応じて柔軟に役割(ロール)を変える」という思想だ。

ひな壇芸人の生存戦略は、まさにこのメンバーシップ型の極致であった。

ひな壇に呼ばれる芸人たちは、必ずしも「その日のテーマの専門家」ではない。例えば「家電芸人」の回に、大して家電に詳しくない芸人が混ざっていることがある。ジョブ型的に見れば不合理だが、組織マネジメント的にはこれが「正しい」。

彼らの役割は、家電の知識を披露すること(職務)ではなく、専門家のマニアックな話を一般視聴者の目線まで噛み砕いたり、あえて無知な質問をして場を回したりする「関係性の中での役割(ロール)」だからだ。

「ひな壇で生き残る条件とは、個のスキル(技術)の高さではない。組織の文脈(コンテキスト)を瞬時に読み解き、その場で足りていないピース(役割)に自らを擬態させる『適応能力』である」

ガヤを入れる、相槌を打つ、誰かがスベった瞬間に全員で椅子から転げ落ちる(集団行動の同調性)。これらは、自己の利益を一時的に犠牲にして組織の利益を最大化する、極めて日本的な「フォロワーシップ」の現れであった。

コンプライアンスの経済学と「持続可能なマネジメント」

平成の後期から令和にかけて、お笑い界(およびテレビ界)は急激なコンプライアンス(法令・社会的規範の遵守)の波に直面することになる。

かつての昭和・平成初期の笑いは、特定の個人を過剰に攻撃する「いじり」や、身体的なリスクを伴うリアクションなど、言わば「高リスク・高リターン」のコンテンツが主流であった。しかし、社会全体のガバナンス(統治基準)が厳格化するにつれ、そうした手法は企業でいう「不祥事リスク」と同義になった。

ここで機能したのが、ひな壇というシステムの持つ「リスク分散(ポートフォリオ)効果」である。

1人のカリスマに依存する番組は、その1人がコンプライアンス的にアウトになった瞬間にプロジェクト(番組)全体が瓦解する。しかし、多種多様な人材が緩やかに繋がるひな壇システムは、誰か1人が不調であっても、他のメンバーがカバーし合える「冗長性(バックアップ機能)」を持っている。

また、近年のひな壇では、かつてのような「強圧的な支配」ではなく、お互いの弱点や失敗を認め合い、全員で笑いに変えていく「心理的安全性(Psychological Safety)」が重視される傾向にある。

傷つけるリスクを最小限に抑えつつ、チーム全体の成果を上げる。お笑い界はコンプライアンスという外圧によって、図らずも最も現代的で持続可能な組織へとアップデートされたのである。

組織論として語る、明日の雑談の「補助線」

ひな壇の構造を頭に入れておくと、会社での退屈な会議や、チームビルディングの景色が全く違って見えるようになる。

「うちの職場の会議、全員が前列の中堅芸人みたいに空気を読み合って、誰も後列の若手みたいにリスクを取った発言をしないから、決定打(ホームラン)が出ないんだよね」

「〇〇部長のファシリテーションって、くりぃむ上田並みに話を振るのが上手いよね。あれこそ人的資源の最適配置(アロケーション)だよ」

JTCで揉まれてきたミドル・シニア層にとって、組織の力学や人間関係の機微は日常そのもの。それを「ひな壇」というエンターテインメントのフィルターを通して語ることで、会社での雑談は一気に深みを増し、部下や上司との共通言語になり得るだろう。

次回予告:テレビからYouTubeへのリソースシフト

こうして平成のテレビ界で完璧な「組織の美学」を完成させたお笑い芸人たち。しかし、平成の終わりとともに、メディアの地殻変動という名の、もう一つの巨大な黒船が襲来する。インターネット、そして『YouTube』の台頭だ。

次回は、芸人たちの戦場がテレビからネットへと移行した現象を、「アテンション・エコノミー(関心経済)」「限界費用(Marginal Cost)」の観点から分析する。

テレビという「巨大なBtoBビジネス」から、YouTubeという「個人のBtoCビジネス」へのリソースシフト。彼らが直面した、プラットフォーム移行の光と影に迫る。

第4回へ続く)

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