2010年代後半から2020年代初頭にかけて、テレビ界とSNSを完全にジャックした巨大な地殻変動――それが「お笑い第7世代」のムーブメントでした。
その中心にいたのは、2018年に平成生まれ初のM-1王者となった霜降り明星であり、彼らを筆頭にハナコ、EXIT、3時のヒロインなどが瞬く間にスターダムを駆け上がりました。
しかし、現在(2026年)のテレビ欄を見渡すと、かつてあれほど叫ばれた「第7世代」というパッケージはほぼ消滅しています。霜降り明星をはじめとする実力派は「一人のタレント」として完全に自立した一方、ブーム自体は驚くほど急速に収束していきました。
一見すると、これは「よくある芸能界の一過性のトレンド」に見えるかもしれません。しかし、この現象の裏側には、現代のビジネスやSNSマーケティングにも直結する、きわめて精緻な【メディア生態学】【行動経済学】【組織心理学】の数理モデルが隠されています。
なぜ第7世代はあれほど爆発的に売れ、そしてなぜ「パッケージ」としては解体されたのか?そして、その後に続く令和の最新トレンド芸人たち(令和ロマン、ラランドなど)との決定的な違いは何なのか?学術的な視点から徹底的に解剖します。
メディア生態学から見る「第7世代」の誕生:ガラパゴス化へのカウンターとデジタルネイティブ
まず、なぜ「お笑い第7世代」という言葉が必要だったのかを、メディア生態学(マスコミとデジタルメディアの相互作用)の観点から紐解きます。
この言葉の生みの親は、霜降り明星のせいやさんです。彼がラジオで何気なく放った「僕らの世代を『第7世代』ってことにしません?」という一言が、メディアにハックされ、巨大なうねりとなりました。
それまでの日本のテレビ界は、ダウンタウン、とんねるず、ウッチャンナンチャンといった「第3世代」が40年近くトップランナーとして君臨し続けるという、世界でも類を見ない「世代交代の超長期停滞(ガラパゴス化)」を起こしていました。上の世代が強すぎるあまり、若手芸人がゴールデン番組のMCに昇格する椅子が物理的に存在しなかったのです。
ここに風穴を開けたのが、第7世代という「カテゴリー・イノベーション」でした。
言語学やマーケティングにおいて、新しいラベル(名前)を貼ることで、それまで存在しなかった市場や価値観を急造する手法を「ラベリング効果」と呼びます。
霜降り明星たちがデジタルネイティブ(YouTubeやSNSが当たり前にある世代)として頭角を現したタイミングで、テレビ局側はこの「第7世代」というラベルを大義名分として利用しました。「大御所たちの番組を動かすことはできないが、『第7世代の特番』という新しい枠なら作れる」という、テレビメディアの構造的サバイバル戦略と合致したのです。
行動経済学で紐解く熱狂:共同幻想としての「コミュニティ型マーケティング」
第7世代の最大の特徴は、芸人同士がギスギスしたライバル関係を見せるのではなく、お互いをリスペクトし、仲良く高め合う「横の繋がり」を前面に出した点にありました。
これを行動経済学および現代マーケティングの視点で見ると、完璧な「コミュニティ経済学(ファンベース・マーケティング)」のモデルになっています。
それまでの「第3世代〜第5世代」の芸人は、いわば『ドラゴンボール』のような世界観でした。お互いが強敵(ライバル)であり、誰よりも面白いことを証明して相手を叩きのめす「弱肉強食・スタンドアロン型(単体型)」の笑いです。
しかし、第7世代が提示したのは『ONE PIECE』や『アベンジャーズ』の世界観でした。
- 霜降り明星: 圧倒的な実力を持つ絶対的エース(ルフィ)
- EXIT: チャラ男という記号で大衆の窓口を広げる特攻隊長
- ハナコ・コント村: 純粋な表現力を突き詰める職人集団
このように、それぞれの個性を認め合い、「チーム」として世界と戦う姿を見せたのです。
心理学では、これを「社会的アイデンティティ理論」で説明します。ファンは、霜降り明星という単体を応援するだけでなく、「第7世代という箱(コミュニティ)」全体を応援することにアイデンティティを見出します。
「せいやと粗品が、ハナコ岡部と同期トークをしているのが尊い」「EXITが霜降りをいじっているのがエモい」といった、コンビの枠を超えた関係性そのものが消費される「エモ消費」の市場を開拓したのです。
これは、現代のD2Cビジネス(仲良しコミュニティを作ってファンに直接モノを売る手法)と完全に同義であり、だからこそファンの熱量は爆発的に高まりました。
組織心理学が暴く「パッケージの崩壊」:同質性の罠と社会的レイジー
では、これほど完璧に見えた「コミュニティ型」の第7世代が、なぜ数年でその看板を下ろすことになったのでしょうか。ここに、組織心理学における「同質性の罠(グループシンク)」と「社会的レイジー(社会的手抜き)」の影があります。
「第7世代」という看板が大きくなりすぎた結果、テレビ局は実力や準備が伴っていない若手芸人までも「第7世代だから」という理由だけでゴールデン番組のひな壇に大量投入し始めました。
組織心理学において、過度なラベリングは個人のエンゲージメント(主体性)を奪うことが分かっています。
それまでは「自分が一番面白いと証明する」ために死に物狂いでネタを作っていた若手が、「第7世代というパッケージの中にいれば、自動的に番組に呼ばれる」という状態になったことで、集団心理としての「社会的レイジー(手抜き)」が無意識に発生してしまったのです。
さらに、視聴者側の脳内でも「認知的飽和(スパム化)」が起こりました。
どの番組をつけても「第7世代の仲良しトーク」という同じフォーマット、同じ質のエネルギーが流れてくるため、脳がその刺激に慣れ、急速に価値が目減りしていったのです。
エースである霜降り明星(特に粗品さん)は、この「仲良しこよしのパッケージに閉じ込められると、お笑いとしてのエッジ(毒やキレ)が鈍る」という危機感を誰よりも早く察知していました。だからこそ、彼らは早い段階から「第7世代なんて、もうない」と公言し、自らその枠組みを解体する行動に出たのです。
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令和の覇者たち(令和ロマン・ラランドなど)へのパラダインシフト
第7世代という「全員一丸のコミュニティ」が解体された後、2020年代中盤の現在、お笑い界のトレンド(検索ワード)の勢力図は完全に塗り替えられました。
その中心にいるのが、M-1グランプリで圧倒的な知性を見せて優勝し、今や若手の実質的なリーダー格となった「令和ロマン」や、個人事務所を立ち上げビジネスと笑いを融合させた「ラランド」といった、令和時代のニュータイプたちです。
彼らと第7世代の決定的な違いは、「プラットフォームの個人所有(マルチ・スタンドアロン化)」にあります。
| 世代の属性 | メイン媒体 | 横の繋がり | ビジネスモデル |
| 第7世代(霜降り明星など) | テレビ主導 / YouTube | 運命共同体(集団行動) | 広告モデル(テレビギャラ) |
| 令和・多極化世代(令和ロマン・ラランドなど) | 自社メディア / 独立系 | 戦略的コラボ(個人の独立) | 独自エコシステム(ファン直販・サロン) |
令和ロマンの髙比良くるま氏は、お笑い界の構造やM-1の審査基準を数理的に分析し、戦略的に勝ち上がった「お笑いアナリスト」としての側面を持っています。また、ラランドのサーヤ氏は個人事務所の社長として、テレビに依存しないマネタイズ(直販型エコシステム)を確立しています。
彼らは第7世代のように「テレビ局が作ったお神輿(パッケージ)」には乗りません。それぞれが強力な個人のYouTubeチャンネルやポッドキャスト、個人事務所という「自前のプラットフォーム」を持った上で、必要な時にだけ戦略的にコラボレーション(提携)します。
つまり、第7世代が「全員でひとつの部活を作る」ような泥臭い連帯だったのに対し、現在の令和トレンド芸人たちは「独立したベンチャー企業の社長同士が協業する」ような、極めてドライで洗練された関係性へとシフトしているのです。
まとめ:日常に活かす「世代交代の生存戦略」
お笑い第7世代の台頭と、それに続く令和の独立系芸人たちの台頭。この歴史は、私たちが会社や学校で生き残るための強烈なヒントを与えてくれます。
集団の「ラベル(神輿)」に乗ることは、初期のブームを起こす上では極めて有効です。実績のない新人が、組織の中で一気に注目を浴びるためには「〜〜プロジェクトチーム」といった看板(フレーム)を味方につけるのが正解です。
しかし、その看板に甘え、同質性のぬるま湯に浸かり続けると、ある日突然ブームが去った時に、個人の実力が残らなくなってしまいます。
霜降り明星が今なおトップランナーとして君臨し、令和ロマンやラランドが独自の覇権を握っているのは、彼らが常に「集団の看板」を疑い、「自分だけの独自の武器(プラットフォーム)は何か?」を問い続け、個人の価値を磨き続けてきたからです。
変化の激しい現代社会。私たちも、時には組織のチームワークを活かしつつ、頭の片隅では「自分という個人の看板で何ができるか」をシビアに計算する、そんな「令和の芸人たちのような強かさ」が必要なのかもしれません。


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