【遅咲き芸人の生存戦略】バイきんぐ結成16年目の逆転劇と、予測不能な奇跡を説明する「ブラックスワン理論」

お笑い分析
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長すぎる冬を過ごしているとき、私たちはつい「これまでの努力には、一体何の意味があったのだろう」と、過去を振り返ってため息をついてしまう。費やした時間と、得られた成果。その二つが綺麗な比例の直線を描いてくれないとき、人間の心は簡単に折れてしまうようにできているからだ。

しかし、お笑い界には、その「努力と成果の比例関係」を根底からひっくり返し、一晩で人生の景色を鮮やかに変えてみせた男たちがいる。コントコンビ、バイきんぐだ。

彼らのブレイク前夜の物語と、ある統計学の理論を掛け合わせたとき、私たちの目の前にある「報われない時間」の正体が、少しだけ違って見えてくる。

バイきんぐ単独ライブ「ぺあ」 [ バイきんぐ ]

結成16年、バイきんぐが過ごした「暗黒の下積み時代」

1996年、小峠英二と西村瑞樹の二人はコンビを結成した。 そこから、光の当たらない日々が実に16年も続くことになる。

どれだけライブで新ネタを披露しても客席の反応は鈍く、テレビのオーディションには掠りもしない。20代が過ぎ、30代を迎えても、生活の基盤はアルバイトのままだった。

特にネタ枠を担う小峠の生活は壮適だった。害虫駆除のアルバイトを週に6日。朝5時に起き、防護服に身を包んで床下の泥にまみれ、夜は深夜の劇場で誰も見向きもしないコントの小道具を作る。

そんな日々が10年を超えた頃、ある決定的な事件が起きる。2008年、鳴り物入りで始まった若手芸人の登竜門的番組『レッドカーペット』のオーディションでのことだ。1分間の短いネタを披露した直後、作家から言い放たれたのは「君たちのネタには、何ひとつ良いところがない」という冷徹な一言だった。

「あのときは、さすがに目の前が真っ暗になりましたね。12年やってきて、全否定されたわけですから」

後年、小峠はそう振り返っている。普通に考えれば、これほどの時間を投資して得られたリターンが「ゼロ」であるならば、そこから導き出される未来予測もまた「ゼロ」であるはずだ。統計的な予測を立てるなら、17年目も同じように害虫を駆除し、同じように売れないコントを書いているはずだった。

しかし、2012年10月22日。その夜を境に、二人の引いた未来の直線は、突如として垂直に跳ね上がることになる。『キングオブコント2012』。彼らがステージの上で放った「なんて日だ!」という魂の叫びは、テレビの前の視聴者だけでなく、お笑い界の地殻変動そのものを引き起こした。

一晩にして、害虫駆除のシフトはすべて消え、代わりにバラエティ番組のスケジュールで手帳が埋まった。16年間の沈黙は、わずか4分間のコントによって完全に肯定されたのだ。

予測不能な奇跡を説明する統計学「ブラックスワン理論」とは

この劇的な逆転劇を、単なる「運」や「感動の美談」として片付けるのは少しもったいない。ここには、文筆家であり確率論者でもあるナシーム・ニコラス・タレブが提唱した「ブラックスワン理論(Black Swan Theory)」が見事に当てはまる。

かつて、ヨーロッパでは「白鳥は白いもの」と考えられていた。過去数千年のデータがそれを証明していたからだ。しかし、オーストラリアで1羽の「黒い白鳥(ブラックスワン)」が発見されたことで、それまでの常識は一瞬で崩壊した。

この寓話から、タレブは以下の3つの特徴を持つ事象をブラックスワンと呼んだ。

  1. 事前に予測がまったくできないこと(予測不可能性)
  2. 起きたときに、凄まじい衝撃をもたらすこと(極端な影響)
  3. 起きた後になってから、さも予測可能だったかのように理由付けされること(事後評価)

私たちの社会や人生における本当に大きな転機――歴史的な技術革新、大ヒット商品、あるいは運命的なブレイク――は、すべてこのブラックスワンの性質を持っている。つまり、過去のデータの延長線上には絶対に現れないのだ。

バイきんぐの16年間がまさにそうだった。15年間の売れないデータをどれだけ集めて分析しても、「16年目にチャンピオンになる」という未来は算出できない。

なぜなら、成功とは「毎日1センチずつ階段を登る」ような線形の動き(リニア)ではなく、ある日突然、地盤が隆起するような非線形の現象(ノンリニア)だからである。

確率を支配する、遅咲き芸人の唯一の生存戦略

では、予測できないブラックスワンを、私たちはどうやって引き寄せればいいのだろうか。

タレブは、ブラックスワンが起こる確率そのものを人工的にコントロールすることはできないとしながらも、一つの明確なヒントを残している。それは「試行回数を増やし、ポジティブな非対称性に身を置き続けること」だ。

ポジティブな非対称性とは、「失敗したときの損失は限定的だが、成功したときの利益は無限大である」という状況を指す。

バイきんぐの本当の凄みは、16年間売れなかったことではない。16年間、「打席に立ち続け、サイコロを振り続けたこと」にある。

小峠は周囲からどれだけ否定されようとも、毎年、毎月、新しいコントを書き、舞台に立ち続けた。ライブ1回のチケ代や移動費という「限定的な損失」を支払いながら、「M-1やキングオブコントでの優勝」という「無限大の利益」の可能性に賭け続けたのだ。これは確率論的に言えば、「ブラックスワンが潜んでいるかもしれない領域に、ひたすらサイコロを振り続けた」ということになる。

もし彼らが15年目でサイコロを振るのをやめていたら、2012年の奇跡は確率の海の底に沈んだままだった。打席に立ち続ける限り、三振のデータは積み重なるが、同時に「いつか一発を当てる権利」だけは消失しない。彼らは、暗闇の中でただ愚直に、その権利を守り続けていたのだ。

ちなみに、この「予測不能な未来(ブラックスワン)」の恩恵をもう一人、別の形で受けているのが相方の西村瑞樹だ。

彼は下積み時代から現在に至るまで、周囲が呆れるほどの熱量で「ソロキャンプ」に没頭してきた。当時はまだ世間にグランピングやキャンプブームが訪れる前、お笑いの仕事に繋がるなど1ミリも考えていなかった頃だ。ただ「好きだから」という理由だけで、彼はプライベートで山に通い、ひたすらテントを張り続けた。

これもまた、一つの「試行回数」だった。やがて時代に空前のキャンプブームが到来したとき、長年サイコロを振り続けていた西村の元に、趣味がそのまま冠番組(『西村キャンプ場』)や調味料プロデュースに化けるという、予期せぬブラックスワンが舞い降りたのだ。

長い冬を歩くあなたへ:未来は過去の延長線上にはない

バイきんぐのコントを見た後、私たちは笑いとともに、どこか胸の奥がすっと軽くなるような爽快感を覚える。それは、彼らのネタが面白いからという理由だけではない。彼らの存在そのものが、「未来は過去の不遇に縛られない」という冷徹で、かつ優しい真実を証明しているからだ。

もし今、あなたが「結果の出ない努力」に疲弊し、自分の歩いている道が無意味に思えているなら、バイきんぐのあの咆哮を思い出してほしい。

ビジネスでも、学問でも、個人のキャリアでも、私たちが本当に望むブレイクスルーは、いつだって過去のデータの外側から、前触れもなくやってくる。

今日のその一歩は、直線を伸ばすためのものではない。いつか訪れる、劇的な跳躍のための「試行回数」の、大切な1回なのだから。

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